『コインロッカー・ベイビーズ』のサイン本

村上龍さんの訃報を聞きました。

実家の本棚を確かめてみると、やはり『コインロッカー・ベイビーズ』上下2巻そろっていました。母の本です。

しかも、作者のサイン入り。母は村上龍さんが好きだったようです。日記が残ってました。

お茶の水に廻り欲しい本を買い、しかも作者のサインを

思い掛けぬサイン会に文句なしにとんでいく

サイン会は<私の名前:S>に教えてもらう。

村上龍作 コインロッカー・ベイビーズ 上下

こんな時は「幸せは我一人」こんな感じで何も見えず

ただただ頭の中は2冊の本、本・・・・である。

この日は、用事があって出かけたついでのようです。でも、母にとってはこのサイン会がいちばんの目的だったのではないでしょうか。

サイン会がある事は、私が教えたと書いてあります。私も少しは役に立っていたようでうれしくなりました。

上巻には母の名前も書いてもらっていました。上下2巻ともサインが入っていてびっくりしました。

36年前と同じインターナショナル版を鑑賞

「ニュー・シネマパラダイス」です。この映画については以前「ライオンの口」で触れたことがあります。

旅行の記録を調べたくてアルバムを繰っていたら「ニュー・シネマパラダイス」の入場券が取ってありました。以前見ていたことをすっかり忘れていました。

それとは別に、シネスイッチ銀座が2026年10月で閉館するというお知らせを読んでいて、「ミニシアターブームをけん引、『ニュー・シネマ・パラダイス』は40週のロングラン」という説明が目に入り、もしかしたらと思って調べてみました。

映画を見たのは1990年5月でした。私はシネスイッチ銀座で「ニュー・シネマパラダイス」を見ていたのです。

そんなことは全く忘れて先日テレビで見たのですが、どちらもインターナショナル版だったそうです。なんとなく感動しました。

 

映画「漂流」を35ミリフィルムで見ました

東京都荒川区にある吉村昭記念文学館の企画展関連イベントの、映画「漂流」上映会に行ってきました。

「残存する最後の35ミリフィルム」と説明があり、劣化しており色が悪くご了承をということでした。確かに変色してセピア色になっていましたがそのことで生まれる独特の雰囲気がとても良かったです。古いフィルムならではの味わいを感じました。

長平の生き延びることへの精神力がすばらしかったです。

そして、漂流生活の最後に船を作って島を出るときに、長平はこれまでの生活を書き残します。自分が体験したことが誰かの役に立つかもしれない。この思いに私は共感し、とても感動しました。

漂流好きにはたまらない作品でした。同じ会場で企画展も開催されていましたが今回は時間が足りなかったので改めて見に行こうと思います。

 

吉村昭記念文学館

令和8年度企画展「海に流された数奇な運命ー吉村昭『漂流』と『アメリカ彦蔵』

ゆいの森あらかわ3階企画展示室 令和8年10月4日まで

 

映画「ヒンド・ラジャブの声」の監督インタビュー

NHKの「国際報道2026」で、映画「ヒンド・ラジャブの声」のベン・ハニア監督のインタビューを見ました。

2024年1月にガザ地区で起きた実話を基にした映画です。いくつかの場面が紹介されたのですが胸がいっぱいになりました。

何かできることはないのか。

監督にとってはこの事実を映画にすることだったと言っていました。

私に何ができるのか、考えて、行動する。

まずは書き置きました。

 

今年はシュウカイドウがたくさん咲いてくれました。

ハノン11番の誤植

半世紀の時を超えてピアノを再開しました。

幼稚園の音楽教室でオルガンを始めました。オルガン教室を続ける子がいなくなり近所の先生を探してもらい小学2年生からピアノを習うことになりました。ピアノはずっと続けていましたが、音大に行きたい、ピアニストになりたいといった気持ちはなく、ただピアノが好きでした。中学まで続けていましたが、受験があるからとやめてしまいました。本当にそれが理由だったのか、中学生の私に聞いてみたいです。

ピアノを再開して、最終的にはショパンの「華麗なる大円舞曲」を弾きたいという目的があります。もう少し続けていたら弾いていた心残りになっている曲なのです。

ワルツもいいけどハノンも弾いてみたいと思っていました。指の練習をする曲集であまり好きな人はいないと思います。

年齢を重ねると時間の流れる速度が変わってきていると思います。小さい頃はなかなか時間が経たなかったのでハノンの曲を弾いている時間も長かったのだと思います。今、弾いてみると1曲がそれほどでもないのです。そして、この練習曲、上行して下行して、なんだかとてもドラマチックで素敵です。

11番まで行った時、これも誤植というのでしょうか、印刷ミスに気づきました。横線がつながっているのです。この曲を練習していた当時気づいていたのかしら?まったく記憶にはありません。今の教本は修正されているかしら?

昭和32年、母の嫁入り

叔母を訪ねて話をしていると、大きな発見があります。

先日、一番驚いたことは、母が嫁入りする時に、父方の叔父が前橋まで車で迎えに来たということでした。前橋から花嫁衣裳のまま、車で東京まで移動したそうです。

母は群馬県前橋市の生まれで、父は新潟から上京し、東京に居を構えていました。

昭和32年11月12日。大安吉日。天気は11月中旬としては非常に暖かな日だったようです。

母のアルバムに嫁入りの写真を見つけました。写真ってたくさんの情報が詰まっているものだと思いました。

花嫁衣裳の母の後ろに車があって、母の前を祖母が歩いています。「マルサテイラー」というお店の前ではたくさんの人が花嫁さんを見ています。

先頭を歩く少年もかわいいではありませんか。

たぶんマルサテイラーは洋服屋さん。仕立て屋さんだったのでしょう。写真に写っている車で花嫁道具を運んだのかもしれません。

叔母にこの写真を見てもらいたいと思っています。

昭和の日記に見つけたアポロ13号

少し前に映画「アポロ13号」を観ました。

実話をもとにした映画だったんですね。「アポロ計画は本当は月へ行っていなかった」という都市伝説の話なのかと思って見始めたので、なんだなんだという感じで最後まで手に汗握っていました。

実家で両親の日記を整理していたときのことです。母の日記の中にアポロ13号を見つけました。

十四日

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アポロ十三号故障する。アメリカでいろいろと宇宙船を打ち上げてきたがこのような事故は始めて。無事帰ることを祈る。

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十七日

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アポロ無事に帰れる見込みはっきりする。

映画を見たあとだっただけに、母がリアルタイムで心配していたことが日記に残っていて、驚き感動してしまいました。

縦書きなので数字は漢数字で記載しました。1970年4月。日々の出来事の中に織り込まれていた昭和の記録です。